再び映画鑑賞

我思う comments(1) - くら乃屋女将

ガンジー

この名を知らぬ人はおりますまい。

 

映画「ガンジー」を観ました。

 

非暴力の抵抗者。

その方法は弁護士ならではと感じましたが

終盤はやはり聖職者の雰囲気を帯びてきます。

 

インド独立に寄与しつつ

パキスタンとは共に歩めませんでした。

 

ではインドでは、

非暴力の民主主義が浸透したのでしょうか。

カーストを捨てて皆な神の子として平等になったのでしょうか。

 

いいえガンジー、とんでもない

でもインドばかりではありません。

 

ごめんなさいガンジー、あろうことか

けしからん国に思い知らせるために見舞ったのは

59発のミサイルで

西洋やアジアの国がそれを支持する世の中になってしまいました。

 

 

あなたの目に、この世界はどう映るだろうか。

ワタシはこの世の行く末が恐ろしくてなりません。

 

 

昨年の豪雨で

破壊された集落を見ました。

 

ただ水が溢れただけでもこのちっぽけな生き物は無力なのに

わざわざ大量破壊兵器をぶっ放して正義然としているなど

愚かにもほどがある。

 

爆撃にミサイルで応える世界になってしまったんです、

ガンジー。

 

 

 

この猫団子を守るために、何をしたらいいのでしょうか。

 

 

 

 

←再びの悪夢

 

 

 

 

 

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      「人間性への信頼を失ってはならない。人間性とは大海のようなものである。ほんの少し汚れても、海全体が汚れることはない。」

      汚れ同士がお互いを危険だと言い張って競って汚れを増やそうとしている。でも大海は汚れを薄めることができる。その可能性を信じ、汚れの扇動に乗っからないこと。それが人間性を維持し、大海をきれいに保つことにつながる。

      といいなぁとガンジーの言葉にすがる私・・・私たちがしなくてはいけないのは、汚れに汚されないことか。長いものにまかれないこと。

      不安をあおる政治家やマスコミのプロパガンダをうのみにすることをやめよう。

      「教育勅語」を復活させて、力には力をというアメリカの「おやまの大将」に追随する人たちに流されないようにしよう。

      世界を正しく理解する努力をしよう。

      汚れていない世界の大多数の人の力を結集しよう。

      「世界の運命を暴力によって蹂躙させない唯一の方法は、私たち一人ひとりがあらゆる暴力を肯定しないことにある。」

      「自分が行動したことすべては取るに足らないことかもしれない。しかし、行動したというそのことが重要なのである。」

      「あなたがこの世で見たいと願う変化に、あなた自身がなりなさい。」

      「あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである」

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